創立30周年記念式典


1975年 5月13日に発足した当商工会議所は今年で満30周年を迎えました。これを記念して
30周年の記念日に当たる5月13日(金)に記念式典を開催しました。



記念式典(2005年 5月13日)

場所 ハマナスセンター(北海道文化交流センター)
日時 2005年 5月13日 11:00

式次第

在パラグアイ日本商工会議所 会頭 松宮 祐作 挨拶
在パラグアイ日本国大使館臨時代理大使 須藤 紀夫 様 ご祝辞
国際協力機構(JICA)パラグアイ事務所長 斎藤 寛志 様 ご祝辞
日本貿易振興機構(JETRO)ブエノスアイレス所長 稲葉 公彦 様 ご祝辞
国際協力銀行(JBIC)ブエノスアイレス首席駐在員 増田 篤 様 ご祝辞
在パラグアイ日本商工会議所創立メンバー 佐藤 禎孝 様 ご祝辞
パラグアイ日本人会連合会 会長 小田 俊春 様 ご祝辞
祝電披露
在パラグアイ日本商工会議所 副会頭 白沢 寿一 挨拶 乾杯
昼食

ご祝辞
日本から以下の皆様よりご祝辞をいただきました。

祝辞(山口 信夫 氏:日本商工会議所 会頭)
在パラグアイ日本商工会議所創立30周年記念式典のご盛会を心からお祝い申しあげます。
この記念すべき年を新たな出発点として、松宮会頭を中心に皆様方が一丸となって、在パラグアイ日系企業ならびに日本パラグアイ両国経済の発展に向けて、さらなる飛躍を遂げられますよう心からご祈念申しあげます。

祝辞と追憶(宮廣 千代蔵 氏:初代副会頭)
今年が、パラグアイ日本商工会議所創立30周年に当たるとの知らせを受け、先ずは御同慶のいたりで、御祝辞を申し上げます。当時を懐かしみ、時の経過を思い起こしています。私が、エンカルナシオン市のイタプア製油商工株式会社(CAICISA)に着任した直後の1975年5月13日に、パ・日商工会議所創立総会が開催され、創立会員は14名で、初代会頭に、笠松尚一氏が、全会員の推挙によって就任されました。会議所の最初の事業が、1か月余り後の同年6月26日に、ラ・プラタ河流域諸国経済使節団が、パラグアイに来訪するということで、その受け入れを成功させるためにも会議所の設立が急がれたようでした。その使節団は、団長の永野重雄氏(日本商工会議所会頭)、副団長に水上達三(日本貿易会会長)、法眼晋作(国際協力事業団総裁)、大来佐武郎(海外経済協力基金総裁)の3氏と団員は、三井物産、三菱商事、新日本製鉄以下10数社の社長、副社長等、日本の財界を代表する方々で、それに政府随員、秘書、近隣諸国の企業経営者総員51名からなる大型使節団でした。創立間もない会議所は、定款をはじめ組織体制の整備と同時に使節団を迎え入れるための準備に大童で、会議は、熱のこもった意見が交わされました。会員は、それぞれの分野の日系企業経営者で、大きな催し事には経験者もいて、準備作業は手際良く捗り、6月26日の歓迎会を盛大に行うことができました。今、手許に1975年版の色褪せた手帳があって、その6月26日(木曜日)を捲ると、「14:00時、三井・藤村宅、水上、法眼、大来、池田外」とメモがしてありました。それは、会議所と三井物産駐在員の藤村登氏等のご配慮によって、使節団の分刻みの過密日程を調整して頂き、藤村氏邸において、CAICISAの現況報告と新規事業計画を説明することになったのです。これらの方々は、いずれもCACISAの出資機関の代表者でした。約20分間の報告が終わり、緊張がほぐれた懇談の中で、パラグアイのAFORO価格の運用や密輸による経済の影響等が話題になった時、水上副団長が「日系企業は、法律を守り、密輸や脱税等不名誉なことはしてはいけない」と、そして法眼副団長は「パラグアイの発展のために貢献しなければならない」と、穏やかだが、威厳のある言葉を千金の重みをもって聞いていました。今、日本では、一流企業といわれているものが、談合、脱税、事故の組織的隠蔽、虚偽申請、報告を行い、これ等が新聞、テレビで報道される度に水上、法眼両氏のあの言葉を思い起こすことがあります。その頃、未だパラグアイのことについて不案内であった私に、会議所は、パラグアイの政治、経済、社会問題等の情報を提供してくれたり,笠松会頭と松宮祐作副会頭とは、会員の誼みで定期的に懇談して、会社経営上の情報提供や示唆を与えて頂いたことを今も深く感謝しています。パ・日商工会議所創立30周年記念に、私も皆様と同席して、祝賀申し上げたいと、思いを馳せてはみましたが、歳のせいか、私にとってパラグアイは,茫茫のかなたへ遠ざかりつつあるように思えます。そこで、自分の手の甲の縮緬皺と老人染みを見つめて、往時の会員の方々とのご交誼を回顧しながら,会議所の更なる発展と会員の皆様のご活躍、ご多幸を衷心よりお祈り申し上げます。

祝辞(藤村 登 氏:元三井物産パラグアイ駐在員事務所長) 
拝啓 長らくご無沙汰致しました。過日元イセプサ専務佐藤禎孝氏より御地日本商工会議所が創立30周年を迎えたので、その祝賀会に一緒に行かないかと誘われましたが、諸般の情勢で行く事が出来ません。ここにせめて皆様にその祝辞を送らせて頂きたく存じます。思えば30年前、1975年ラプラタミッションという日本財界人の大型ミッションのパラグアイ公式訪問が企画され、その時在パ日本大使館から、在パ日本民間企業の協力を求められ、その連絡窓口として「パラグアイ日本商工会議所」の設立を強く要請されました。その当時、日本からのアスンシオン進出企業としては三井物産とイセプサの2社しかなく、地場資本の日系企業の方が多かったので、日本財界人との橋渡し役としてこの「商工会議所」を作らねばならないと決心しました。先ずは当時のイセプサ代表の佐藤禎孝氏と相談し、「定款・規約」の作成から着手しました。私はアルゼンチンに出張の機会多く、アルゼンチン日本商工会議所の定款を、佐藤さんはブラジルへの出張が多かったのでブラジル日本商工会議所の定款を入手し、両者を比較検討し、いい所とパラグアイにマッチする所をつき混ぜて、とにかく「パラグアイ日本商工会議所」定款の雛型が出来上がりました。次に地場産業の方が多い体質を考慮し、幹部は地場産業を中心にという考え方で、会頭は日系移住者連合会の会長でもあり、当地日系人社会の父ともいえる故笠松尚一氏に初代会頭にお願いし、夫々の要職も在アスンシオンの日系企業の代表者にお願いしました。これで民間企業が経済問題を大使館に意見具申の核が出来上がり、当座は焦眉の急の問題、ラプラタミッションの受入れ体制とレセプション準備についての討議に明け暮れました。皆様のご協力の御蔭で無事「ミッション」受入れは成功裡に済ます事が出来たので、我々二人は後で安堵の「乾杯」をあげたものです。その後、私は帰国し10年近くの後に再び仕事でパラグアイに出張の機会を得て、一人で内山田で食事をしていましたら、アプサの菅原さんが日本商工会議所の例会に出る途中、私を見つけ、腕をとって地下の会議ルームに連れて行かれ、当時の大使やメンバーに紹介してくれました。その菅原さんも、そして初代会頭の笠松様も逝去され、30年という時の流れを感じ、心からご両者にご冥福をお祈りします。多くの変遷を経て、いまや新しい日本商工会議所に成長された事、それは偏にメンバーの皆様の絶えまぬご精進とご協力、努力によるもので、これからも日本企業との連携・相互の経済発展に寄与されること、日本大使館のご支援の下「パラグアイ日本商工会議所」の益々のご繁栄とご発展を心からお祈り致します。ローハイフー・ハクーヘッテレイ!                敬具



松宮会頭挨拶要旨
※ 1975年 5月13日、故笠松尚一初代会頭と14名によって在パラグアイ日本商工会議所は発足した。
※ 当時は伊藤忠の佐藤さん、三井物産の藤村さんの2名だけが日本の商社の代表として参加した。
※ 当時の日本商工会議所会頭永野さんを中心と、各商社の社長等で構成された総計51名の大型ミッションの受け入れ、当地を訪問したブラジル商工会議所の応接、等を無事にこなした。
※ その後続々と商社の代表が参加し、一時期7社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、日商岩井、兼松、住友商事)と神原汽船が参加、日本の商社中心の商工会議所となって発展した。
※ 豊歳さんが二代目会頭を務めたが、その後笠松さんが会頭として復帰し各商社の代表の回り持ちの様相で幹事がそれぞれのキャラクターに適した会議所運営を活発に行った。
※ 笠松会頭の関連で橘会頭のブラジル商工会議所を訪問。アルゼンチン商工会議所訪問。豊歳さんの好意で商船三井の見学と同時にアルゼンチン商工会議所を再訪した。
※ 今から11年〜12年前に次々と商社がパラグアイから引き上げると共に幹事役として適当な人選が難しくなり、当商工会議所の活動は沈滞した。
※ マキラ委員によるブラジル商工会議所(サンパウロ)訪問も大いに成果を挙げたが、残念ながら当国政府のマキラに対する対応がまずく、結果は不発に終わった。
※ 今から4年前、会議所の活性化を図るために公選によって白沢会頭が三代目会頭として選出され、ほぼ現在のスタッフが誕生、会議所は沈滞から一転して活発、充実した内容となった。
※ 定款を改正して会頭任期を2年間とし、連続再選を認めない事にした。2003年には松宮が公選で四代目会頭として選ばれ、白沢前会頭の方針をそっくりそのまま引き継いで現在に至っている。

現在の活動状況
※ 松宮会頭、白沢副会頭、伊賀上総務担当理事、黒岩財務担当理事、田中企画担当理事の5名による常任理事会が随時会合をもって会の運営向上を図る。
※ 有能な事務局員、三島事務局長、松橋事務局員が配置している。
※ 日本大使館と常任理事とで定期的に大使館で会合を持ち、意見と情報の交換を行っている。
※ 田中企画担当の尽力で日本商工会議所名簿に当商工会議所が記載され、色々な交流や情報の交換を随時行っている。
※ 伊賀上総務担当の太いパイプでJETRO(日本貿易振興機構)と交流を深め、JBIC(国際協力銀行)とコンタクトを密にする事が出来、国内経済問題のみではなく、国際的な経済問題に視野を広げる事が出来た。
※ 新マキラ組織、CAMARA DE ALIANZA の一員となってこの国にマキラ法を定着させる努力を続けている。カマラのメンバーは--- 米国、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、イタリア、英国、ドイツ、フランス、日本の各商工会議所。
※ 会員相互の親睦を図るため毎年忘年会を開催している。



当日式典の様子

会場の入り口並びに会場内には日本、パラグアイ両国国旗並びに当商工会旗を掲揚した。



(写真:センター入り口に掲揚された両国国旗並びに商工会旗)



(写真:両国国旗並びに商工会旗)



(写真:左:白沢副会頭、右:松宮会頭)

式典はご祝辞をいただく来賓の方並びに挨拶を行う会頭、副会頭が壇上に並び行われた。



(写真:会頭、副会頭並びに来賓の皆さん)



(写真:会場の様子-01)



(写真:会場の様子-02)



(写真:祝辞を述べる稲葉公彦氏)

来賓として日本から参加していただいた佐藤氏、アルゼンチンから来ていただいた稲葉氏、増田氏に商工会より記念品をお渡ししました。



(写真:記念品をお渡ししました:増田篤氏)

式典の締め括りに白沢副会頭が挨拶を行い、参加者全員で乾杯を行いました。



(写真:乾杯 白沢寿一副会頭)

式典が終了しますと中庭に用意された食事をいただきました。食事の用意は当商工会会員であるA&E社(林英二郎氏)にお願いしました。料理は日本食中心でおでん、串かつ、春巻き、コロッケ、焼きそば等があります。



(写真:昼食の様子-01)



(写真:昼食の様子-02)

ヤキソバは調理したてのアツアツをいただきます。



(写真:昼食の様子-03)

A&E社では和牛を飼育販売しており、この日も和牛を使った料理が幾つかありました。和牛の串焼きは柔らかく、なかなかのものでした。



(写真:昼食の様子-04)



(写真:昼食の様子-05)



(写真:昼食の様子-06)

食事が終わった後はアルパ演奏を楽しみました。



(写真:アルパの演奏)

今回の式典の段取り、準備は事務局の若手二人が担当いたしました。



(写真:事務局:左:松橋事務局員、右:三島事務局長)



(写真:入り口に活けられた花)

地元の日本語新聞「日系ジャーナル」にも一面トップで大きく取り上げられました。



(写真:日系ジャーナル・3月15日号)

今後の活動が期待される商工会議所 ・在パ日本商工会議所30周年記念式典(日系ジャーナル紙)
近年、活発な活動を続けている在パラグアイ日本商工会議所(会頭・松宮祐作)創立30周年記念式典が、五月晴れの5月13日、アスンシオン市のはまなすセンターサロンに80余名の関係者が参列し盛大に開催された。同式典は伊賀上知雄総務担当理事の司会で午前11時過ぎに開始した。冒頭、挨拶に立った松宮祐作会頭は当商工会議所の設立時の状況から経過、現在の活動等について概要次の様な挨拶を行った。

松宮会頭の挨拶に続いて、在パラグアイ日本国大使館の須藤紀夫臨時代理大使(参事官)、斉藤寛志国際協力機構(JICA)パラグアイ事務所長、稲葉公彦日本貿易振興機構(JETRO)ブエノスアイレス首席駐在員、増田篤国際協力銀行(JBIC)ブエノスアイレス首席駐在員、在パラグアイ日本商工会議所創立メンバーの佐藤禎孝氏、小田俊春パラグアイ日本人会連合会会長らの祝賀の挨拶が行われた。

来賓の佐藤氏は遙々日本から当式典のために来パし、稲葉、増田両氏はアルゼンチンからそれぞれ駆けつけた。来賓挨拶の中で、パラグアイの今後の発展に同商工会議所の活躍に熱い期待を寄せる声が寄せられるとともに「パラグアイの将来展望は明るい」と予測する発言もみられて注目を引いた。来賓の祝賀挨拶の後、壇上で松宮会頭から佐藤禎孝氏、稲葉公彦氏、増田篤氏の3氏に記念品が贈呈された。続いて祝電披露が行われ、創立会員の豊歳直之氏(在パ日本商業会議所会頭)、創立会員・宮広千代蔵氏(創立時会議所副会頭・元イタプア製油商工株式会社役員)、創立会員・藤村登氏(元三井物産)、山口信夫日本商工会議所会頭らの祝電が司会の伊賀上総務担当理事から紹介された。ついで白沢寿一副会頭により乾杯の音頭「乾杯!サルー!」が参列者一同で斉唱され、サロン隣のパティオに用意されたテーブル上の御馳走を手に手に和やかな懇談昼食会となった。各人のお腹が十分満たされた頃合に原山武久氏がパラグアイの有望若手アルパ奏者シックスト・コルバランを紹介し彼の流麗なアルパ演奏が行われた。同商工会議所は今年10月に予定されているニカノル大統領の日本への公式訪問の公式使節団として随行を予定しており、日本とパラグアイのさらなる経済交流促進の原動力となるよう期待されている。